年収1500万円。45歳。ドイツ系化学会社の日本支社で管理部門・人事担当者として働いている私が読んで感銘を受け、見識を広めてくれたと感じた本を3冊、ご紹介します。
今回紹介する本はこの3冊になります。
1,『野心のすすめ』,林真理子,2013年,講談社現代新書
2,『実戦・日本語の作文技術 』,本多勝一,1994年,朝日文庫
3,『人生で必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』,ロバート=フルガム,1996年,河出文庫
『野心のすすめ』 林真理子
1980年代の初頭、日本経済が本格的なバブル景気に突入しようとしていた時代、斬新かつ洒落た文句で大衆の消費を促す「コピー・ライティング」という仕事が世間では注目を集めていました。糸井重里さんや仲畑貴志さんといった気鋭のコピーライターがメディアで取り上げられ、認知度が高まっていく中、その次世代のスターとして登場したのが、林真理子さんです。
『つくりながら つくろいながら くつろいでいる』— この、西武セゾン・グループの広告のコピーで一躍、業界の看板ライターとなった彼女はその後、エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を発表、これが大ベストセラーとなり、現在まで続く職業作家としてのポジションを確立する大きな契機となりました。
「時代の寵児・バブルの申し子」といわれた彼女が、日本経済低迷期「失われた30年」のど真ん中にあたる2013年に上梓したのが本作『野心のすすめ』です。
日本経済が、いわゆる「いい時代」だった頃に、20代の若手作家としてスターダムにのし上がった彼女に対し、バブル崩壊後の暗い日本社会しか知らない私は、メディアで散見されるその言動・キャラクターに、多少なりとも違和感を覚えずにはいられませんでした。ですから、出版されてすぐ話題となり、50万部のベストセラーとなった10年前も、この本を手にとって読んでみる気は起こりませんでした。
しかし、きっかけはYOUTUBEでした。
経済学者・起業家の成田悠輔さんと林さんの対談番組をそこで観る機会がありました。その中で、成田さんに対し彼女は明確にこう主張していました。
「いまの人」(若者および現役世代)には、野心が足りない。
お金を稼ぐ、ということに貪欲であることは、美徳に反することでない。
現代人は、売れる・メジャーになるということに、どこか「やましさ」を感じてはいないか?
娯楽や文化、食生活においての「よいもの」を取り入れることには、もっとお金を使うべき。
林さんがおっしゃっていたことに関心を持ち『野心のすすめ』を読んでみると、そこには、対談で語られていたことがより詳しく、実践的に書かれていました。
成田悠輔さんもこの本に感銘を受けたと語っています(そして、出版不況のこの時代に50万部も売れていることに驚かれています)。
確かに現代は、先の見通しの立たない不安定な時代だと言えます。しかし、そんな今だからこそ、日本に勢いのあった時代を経験した一先輩の著書として林真理子『野心のすすめ』を読んだことが、私にとって良い気づきになったと感じています。
『実戦・日本語の作文技術 』 本多勝一
ドイツに本社を置く化学会社の管理部門(人事担当)で働く私にとって、ドイツ語・英語・日本語を問わず、文章によって社内・外の関係者と円滑に意思疎通をはかることは重要な責務です。とりわけ、ドイツ本社からのプレス・リリースを広報担当者と協力して日本語に翻訳し、国内のメディア向けの文書に作り直す作業において、伝わりやすく且つ論理的な文章を書く能力は、この仕事において欠かせません。
30代の中堅社員だった私に、先輩がすすめてくれたのが『実戦・日本語の作文技術』です(実践ではなく「実戦」です)。
簡単に言えばこの本は「いかに、読み手に誤解・誤読をおこさせないように日本語の文章を書くか」について解説された作文マニュアルです。すぐれたルポやコラムを書き、名物記者として朝日新聞で活躍した本多勝一さんが1994年に発表した本で、論理的な文章を作る上で重要な「語順・助詞・作文の作法」について書かれた、文章読本の名著、あるいは古典と言ってもいいでしょう。
作中の印象的な箇所をいくつか紹介します。
— 作曲家シューベルトの名作に『美しき水車小屋の娘』というのがあります。これ、美しいのはどちらだと思いますか?美しい水車小屋ですか、それとも美しい娘ですか?
ドイツ語の原題を理解すれば、水車小屋を営む家の美しいお嬢さんを歌った曲であることがわかるのですが「美しき水車小屋の娘」— 日本語でこう書かれてしまうと「美しい」が修飾すべき先の単語がどちらかわかりません。文法よりも、一般的な常識や前後の文脈などを考慮すれば、たぶん「美しい娘」だろうな、とは言えるのですが、ならば誤解のないように「水車小屋の美しき娘」と表記すべきでないのか — これが本多勝一さんの主張です。
このほかにも、公園の立て看板に見られる
『芝生をいためる球技等の行為は厳禁する』
言いたいことはわかります。でもこれだと「芝生をいためない球技ならやってもよい」ということになりますよね?極力、誤解のないようにするなら「球技等の、芝生をいためる行為は厳禁する」。こう書くべきだと彼は作中で述べています。
以上のような、日本語の「言い回し」についてだけでなく、我々が日々おこなう文章作成の実際のケースに役立つ長文の構成の組み方や段落の付け方、読まれやすい文章の「リズム」などについて、きわめて論理的に本多さんは解説しています。
この本『実戦・日本語の作文技術』は言語学者との対談や、コトバに関するエッセイ風の文章も収録されており、いくぶん「くだけた」内容になっていますが、彼の日本語文法の学問的な解釈にもっと触れたい場合は『〈新版〉日本語の作文技術 』のほうも、ぜひ読んでみてください。
『人生で必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』,ロバート=フルガム,1996年,河出文庫
たとえば、
『ビジネスで大切なことはすべてGoogleが教えてくれる』,アロン=ゴールドマン
のように、
「人生で必要な~は、すべて~で学んだ」系のビジネス本のタイトルを書店でいくつか見かけたことはありませんか?
この手のタイトルの元ネタになっているのがこの本、
『人生で必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』
です。
この本は、アメリカで、カウボーイ・歌手・IBMのセールスマン・画家・牧師など、さまざまな職業を経験し、やがて50代を迎えようかという年齢になったフルガムさんが、自分の身のまわりに起こった出来事を素材として、それについての考察をまとめた随筆集です。
中でも、表題作となっている「人生で必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」— この短編は、フルガムさんの感受性や考え方の面白さが顕著に出ています。
若いころから彼は、毎年の春になると、よりよく社会生活を送るうえでの自分に課す「ルール」を、ノートに書き出すようにしていました。始めのうちは、やや力の入り過ぎた大げさなルールを設定していたのですが、時を経て、物事の分別がつく年齢になってくると、ある1つの心理に行き着きます。
「こんなことは、すでにわかっているではないか」と。
私たちは幼いころ、保育園や幼稚園の先生からこんなことを教わります。
・何でもみんなで分け合うこと
・ズルをしないこと
・人をぶたないこと
・使ったものは必ず元のところに戻すこと
・人のものに手を出さないこと
・誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと
など……
「これらは大人の社会でも通用するルールだ。これなら、もうすでに学び終えているではないか」— フルガムさんは、これを「幼稚園の砂場で学んだ」と表現しています。
この表題作に限らず、日常のありふれた事象に対するフルガムさんの考察がとてもユニークで、全編において示唆に富んだ一冊となっています。
以上、いかがでしたでしょうか。
また面白い本を見つけたら、紹介したいと思います
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