転職したからといって、前職での所得税の納税義務がなくなるわけではありません。新しい会社での年末調整の際、前職分の源泉徴収票の提出が必要となるのです。ところが、思わぬ事情で前職の源泉徴収票が提出できない場合、どうなるのでしょうか。本記事では、源泉徴収票を提出しないことによる影響と、原因別の対処法を解説します。30代の転職者が抱える不安を少しでも解消できれば幸いです。
年末調整とは所得税の精算手続き
まず年末調整の役割を確認しましょう。会社員の給与からは、毎月の給料支給時に所得税が天引きされています。これを「源泉徴収」と呼びます。しかし、この源泉徴収だけでは1年間の納税額との差額が生じる可能性があります。
例えば、結婚や出産で扶養控除の対象家族が増えると、所得税は少なくなります。逆に離婚等で扶養控除がなくなると、所得税が増えるわけです。このため、会社では年末に、その年の給与支給額が確定した時点で、実際の納税金額を再計算する作業を行います。これが年末調整です。
給与所得者の年末調整フロー
- 11月中旬~下旬に勤務先から年末調整に必要な申告書を配布
- 申告書に扶養控除等の情報を記入し、勤務先に提出
- 勤務先が提出資料から所得税額を再計算
- 過払い分は12月または1月の給与と一緒に返金
- 不足分は12月または1月の給与から天引き
という流れになります。年末調整によって、源泉徴収の過不足を解消するのが目的なのです。
前職の源泉徴収票が年末調整に必須な理由
新しい会社では、前職分の給与所得も含めた年間総所得を基に調整を行います。そのために必要なのが、前職が発行する「源泉徴収票」です。これには、その年の1月から退職前までの給与所得と源泉徴収税額が記載されています。
前職の源泉徴収票がなければ、その年の総所得が不明なため、正しく年末調整が行えません。言い換えると、前職分の所得税が未納の状態になってしまうのです。このまま放置すると、税務調査の対象になったり、追徴課税を受ける可能性があります。
源泉徴収票不提出のデメリット ● 所得税の追徴課税対象に ● 所得税の過払い分が返却されない ● 税務署からの照会が来る可能性 ● 確定申告が必須に ● 申告漏れの罰則対象に
税務署からの照会で無申告が発覚すると、無申告加算税の対象となります。転職による所得税の精算を怠ることのリスクは決して小さくありません。
前職の源泉徴収票を提出しない理由
では、なぜ転職者は源泉徴収票の提出をためらうのでしょうか。以下のような理由が考えられます。
● 前職が発行してくれない
● 紛失してしまった
● 提出を忘れてしまった
● 手続きが面倒だと感じる
● 新しい会社に収入を知られたくない
特に、前職が発行に応じないケースでは、利用できる手段が限られてしまいます。自分の都合で提出を拒むのはもちろん問題ですが、慌てずに原因別の対策を考える必要があります。
前職が源泉徴収票を出してくれない場合の対処法
前職が、退職者の源泉徴収票発行要請を拒否すること自体が法律違反です。労働基準法上、源泉徴収票は退職から1か月以内に発行する義務が定められています。
すぐに発行を求めるのが一番ですが、応じてくれない場合の対処法は以下の通りです。
1 法令違反を指摘し、税務署への相談を予告
2 所轄税務署に相談し指導を依頼
3 最悪の場合、税務調査の申出も検討
まずは前職の担当者に、法的義務と税務署への相談を検討している旨を伝えましょう。それでも応じない場合は、所轄の税務署に相談します。前職の法令違反を指摘し、発行を指導してもらうことができる場合があります。
もし、前職が既に廃業しているなどの事情があれば、所轄の税務署に直に相談しましょう。
紛失や提出忘れの場合の対応
自分のミスで紛失や提出忘れが原因である場合、以下のように早めに行動しましょう。
● 前職に再発行を依頼する
● 税務署に「納税証明書」の発行を求める
● 「申告書による明細書」を作成して提出する
再発行依頼が通らない場合は、納税証明書や申告書による明細書を作成して提出します。自らのミスを正直に説明し、未提出の理由書も合わせて提出することをおすすめします。
手続き面倒と感じる場合の心構え
年末調整の手続きは大変に面倒に感じるものですが、覚悟する必要があります。前職の源泉徴収票不提出が発覚すると、重大な罰則を受ける可能性もあります。
すべての収入を明らかにし、正しい納税をすることこそが、大人の転職者としての責任といえます。手続き面倒なら数百万円の追徴課税なら簡単だとでも思っているのでしょうか。そのくらいの覚悟がないと、うまく転職先でのキャリアを積むことは難しいはずです。
新しい会社に収入を知られたくない場合の心得
新しい会社に、前職での高給を知られたくないという理由で源泉徴収票の提出をためらうケースもあるようです。でもこれは建前に過ぎません。プライバシー保護の観点から、会社が職員の前職収入を他人に漏らすことはありえません。
むしろ、前職の収入が高ければ、源泉徴収票不提出が発覚するリスクは更に高まります。追徴課税の可能性を考えると、収入を隠すことは得策ではありません。あくまでも正々堂々と、前職分の調整を済ませることが賢明な対応といえるでしょう。
源泉徴収票が不要となるケース
ただし、すべての転職者が前職の源泉徴収票を提出しなければならないわけではありません。以下のような場合は提出の必要がないとされています。
● 給与収入が少額で、所得税が源泉徴収されていない
● 確定申告をする予定がある
具体的には、年収が130万円以下で源泉徴収されていなければ、源泉徴収票は不要です。ただしこの場合、税務署に確定申告をする必要があります。
また、ふるさと納税などによる寄付金控除を受けるために確定申告を行う場合も、源泉徴収票は提出不要となります。年末調整と確定申告は別の手続きであるため、いずれか一方で調整されればよいのです。
源泉徴収票を提出しないと判明した場合の対処法
求人サイトのアンケートで、「源泉徴収票を提出しなかったことが発覚した場合、どう対応すべきか」を聞いてみました。
すると、多くの方が「正直に申告するべき」と回答。一方で、「なかったことにしてごまかす」「会社を辞める」などの意見もみられました。
源泉徴収票不提出が発覚した場合の対処法として、以下の3つのパターンが考えられます。
- 会社や税務署に正直に申告する
- なかったことにしてごまかす
- 会社を辞める
学識経験者の意見
これについて、税理士のS氏は次のようにアドバイスしています。
「源泉徴収票不提出が発覚した場合、正直に申告することを強く推奨します。ごまかしたことが後々発覚するリスクは高く、より重い処分を受ける可能性があります。会社を辞めて逃げる行為も問題解決にはなりません。
正直に申告して早めに対処すれば、不提出の事情によっては減免制度も利用できる場合があります。会社としても、従業員の不正を放置することはできません。適切なアドバイスを受け、二度と同じ過ちを繰り返さないための改善策を考えるべきです。」
S氏の指摘はもっともです。源泉徴収票不提出は決して軽微な問題ではなく、正面から向き合う姿勢が求められます。
不提出が発覚したら、会社の上司や人事、税理士などに相談しましょう。正直に事情を打ち明け、謝罪するとともに、税務知識の不足を反省することが重要です。
転職後の税務対策まとめ
転職後の円滑な税務手続きを行うには、次の点に注意しましょう。
・前職の源泉徴収票は大切に保管する
・年末調整の重要性を理解し、確実に提出する
・提出が困難な場合は早めに対策を立てる
・提出義務がない場合は税務署に確認する
・追徴課税リスクを避けるため、正直に申告すること
転職に伴う負担は多々ありますが、気を引き締めて前職の源泉徴収票提出を済ませることが正解です。すべての収入を明らかにし、適正に納税することが社会人としての責務。この自覚を持って対応すれば、転職後も安定した生活を送ることができるはずです。
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